「アキラ」
「はい」
紅茶を淹れるための準備をしていたアキラを呼ぶ声に、振り返ることで応えた。
「お前は十年後、この国はどうなっていると思う」
「……は」
「滅んでいると思うか?」
重ねられた問いで、主の聞かんとしていることを察する。
――貴様のその傲慢さが! この国をいつか……いや、十年後にはとうに滅ぼしていることだろうよ!!
今朝方処刑台に送られた敗者の言葉のことを、主は戯れに聞こうとしているに違いなかった。死にゆく者の戯れ言をその耳で聞き、しかもこの場に持ち出すとは、随分珍しいこともあるものだ。普段、主はそういった者の言葉を歯牙にもかけない。それらは全くもって聞くに値しないものであるし、ましてやとうに勝利に飽いたこの王の興味を引くことなどできるはずもない。
――貴方がありながら、そんなことが起こるとでも?
そう答えようとして、アキラは一瞬思いとどまる。なぜなら主の唇には近頃あまり見なくなった薄い笑みが浮かんでいたからだ。主が期待しているのは、そういう「つまらない」答えではないらしい。
そしてふと、彼――シキという男ならば、思い立ったその日に自らが数多の屍と血の上に築き上げてきたこの国でさえも滅ぼしてしまうのではないか、という考えがよぎる。それが彼にとって「面白い」ことならば。
「いつでも、そして貴方が望むならばいつまでも、この国は貴方の意のままになるでしょう。貴方が明日滅べと言うのならば、滅ぶのでしょう」
何と簡単なのだろう。――そう、この世界は単純だ。
「そうだな。実にシンプルだ」
アキラの答えに満足したように、シキはふ、と満足気な笑みを浮かべた。この笑みこそ、アキラが最も焦がれるものだった。望んで手に入るものではないところが、またそそるのだ。
静かな高揚と優越感を覚えながら、アキラは再び彼に背を向けた。淹れたての紅茶を注いだティーカップをソーサーに乗せ、主へ差し出す。
「紅茶を」
「ああ」
アフタヌーンティーを優雅に楽しむシキの美しさは、十年経っても衰えることは決してない。彼の美しさは永遠だ――永遠でなければ、ならない。
アキラは目を伏せ、かすかに唇を歪めた。
あとがき(再録集『さいはての花園』収録作品に寄せて より)
【10 years】 ……Web発表作品
この作品は『咎狗の血』発売十周年を記念したpixivの企画に乗っかって書かせていただいた短編でした。素敵な企画を立ち上げてくださり、主催様には感謝の気持ちでいっぱいです。
おそらくこの頃から、それまではあまりイメージできていなかったED2の二人の「最後」というものをあれこれと考え始めたのだと思います。このシキは何か強いものに負けて死ぬ、というわけではなく、何もかもを手に入れたように見えて実のところ本当に欲しかったものは決して得ることができず、やがて空虚な勝利にも飽きて、結局はnの思惑通り自ら朽ちていくのではないか。あの日、シキはnに敗北している。その事実がある以上、どうやっても本当の勝利にはたどり着けないのではないか……。そんなシキを、彼の一番近くにいるアキラはどう見つめるのか? ということを考えるのがこの頃から徐々に楽しくなってきたのであろうと思います。
今回の書き下ろしの構想を練る元になったのがこの作品でしたので、書き下ろしの直前に配置しました。この二人はすでにかなり成熟した関係を築いていて、アキラにはシキの終わりがなんとなく見え始めている。そしてアキラ自身も覚悟を決めつつある――執筆当時はそこまで考えていなかったでしょうしそこまで深読みできる分量もないのですが、今改めて振り返るとそういう位置づけになると思います。