さいはての花園

けもの

「……!」

 どすっ、という音と共に、腹に重い衝撃を受けてシキは覚醒した。

 それなりに重量のある『それ』がシキの身体を毛布の上から容赦なく踏みつけてくる。

 間もなく天井しかうつっていなかった視界が、青灰色に染まった。

 興奮気味に息を荒立て、頬やうなじを舌で舐めてくる。生温い感触にさすがに辟易して、髪を掴んで引きはがした。

「なんだ。主が恋しくなったか?」

 嘲笑と共に問いかければ、それは瞳を爛々と輝かせた。

「ふ、」

 それを捨てるように寝台の脇に落として、上体を起こす。

 中断された仮眠を再開する気にもなれずそのまま寝台から下りようとしたところで、勢いよく飛びつかれた。

「――」

 仕方なく受け止めて、あやすようにTシャツの上から背中を撫でた。

 人としての言葉を発しなくなっても、その目はすべてを雄弁に語る。

 どんな辱めにも決して屈しまいと鋭い光を湛えていたそれは、今や服従の意と歓喜に満ち溢れていた。

「主の眠りを妨げるとは、いい度胸だな」

 指を通りのいい髪の間に差し入れて軽く梳くと、それは気持ちよさそうに目を閉じて頭を肩口にうずめてきた。

「まったく、」

 しばらく構ってやっていると、突然全体重をかけられそのまま後ろに押し倒された。

 耳元で荒い息継ぎの音が響いたと思うと、ぬるりとしたものが耳の中に差し入れられた。

「、っ」

 ねとついた水音が耳の中でうるさく響いて、シキは顔をしかめた。

 止める間もなく首筋を舐められ、次いで甘噛みされる。

「何をしている」

 溜息をついて引きはがそうとしたところで、突然体に痺れが走った。

「――ッ、」

 痛みを感じたところへ目を開けると、白い歯が肌着の上から胸の突起を捉えていた。

 すっかり興奮したそれは、加減など知ったことではないというように捉えた獲物を噛んだ。

「っ!!」

 敏感な部位に与えられた強い刺激に、びく、と否応なく身体が跳ねあがる。

 返ってきた顕著な反応に気を良くしたそれが、さらに舌でなぶってから乳を飲むように吸い上げた。

「は、――、」

 押しのけようと頭頂に当てた手に込めた力が飛散して、意志とは関係なく吐息が漏れた。

「やめろ、」

 身体を回転させて振り落とそうとするが、しがみついてくる力は案外強く苦戦する。

 その間にも舌と歯による戯れは繰り返され、不本意な刺激が電流の様に体を駆け巡った。

「チッ」

 なんとか振り払って床に投げつけると、遊んでもらえているのだと勘違いしているのかこちらを見上げて嬉しそうに破顔した。

「フン、つくづく浅ましいな、お前は」

 人としての理性を手放し獣に身を堕としたアキラを、寝台に腰かけたシキはしかし、満足気に眺める。

「お前は俺のものだ。――たっぷり可愛がってやる。」

 あやすように頭を撫でながら、もう片方の手で臍にうずめたピアスを弾く。

「ハッ……」

 途端、無邪気だった表情が淫靡な色に染められて、艶を含んだ吐息が淀んだ部屋の空気を揺らした。

「俺が戻ってくるまで、熱を持て余して悶えるがいい」

 再び指先でピアスを弾いて、臍のまわりをゆっくりとなぞる。

 獣は目を閉じだらしなく唇のあわいをひらいて、続く行為を強請るように頬を足に擦り付けてきた。

「フ、」

 こんなに淫猥な獣が、この世にふたつと存在するだろうか。

 獣でなくて、しかし人でないものに対する己の絶対的な支配の愉悦に、自然と唇がしなった。

「逃がさんぞ」

 欲に溺れきった瞳を真っ直ぐに見据えてそう言うと、シキは立てかけた刀を手に立ち上がった。

 と、そこですっと皮膚の表面から熱が奪われる感覚があった。

「……。」

 散々布地の上から舐められ齧られたそこが、唾液で湿って染みを作っていた。

「…………チッ」

 眉を顰め、肌着を脱ぎ捨てる。

 仮眠を取り終ったらすぐに出られるようにと、わざわざ湯浴みをして着替えておいたのに全く意味がなかった。

「…………。」

 シキは脱ぎ捨てたものを風呂場に投げ入れて、しばし静止した。今までになかった何とも言えぬ複雑な感情に眉根を寄せる。

 しかしすぐにそれを振り払い、シキは新しいシャツに袖を通したのだった。

「…………くだらんな」

 言い聞かせるように、呟きながら。